遺 詠
 
ひとすじに世界平和を祈りつつ円寂の地へいましゆくなり
田口 泰正
ふがいなく逝く身なれども心には祖国の行末憂ひやまざる
浅木 留次郎
夢なりし冷き壁に消え残る泣きくずれたる母の面影
伊藤 義光
戦友等眠る南呂宋にわれ散るも七度生れて神州を超さん
大野 肇
奥山に人知れず咲く山桜眺むる人なく今ぞ散りゆく
白木 仁一
たとへ身は異国の空にはつるともたまは皇国を守り守らむ
田村 禎一
手を握り交す瞳に微笑みて戦友励まして君刑場に逝く
氷見谷 実
生くるより死ぬるがましと隣人の語らふ声はわが耳をうつ
平手 嘉一
散り行くも世に咲きたるも一すじに行くへはおなじもののふの道
三樹 寛
今日もまた還り行く友見送りて柵に添ひつつ一人佇む
工藤 忠四郎
衛兵のこゑ絶えてなき獄窓に独り寝ざめて故里想ふ
佐々木 寿郎
国の為笑顔で今ぞ我は逝く地獄の鬼は如何に執るらむ
石川 信吾
遥けくも八重の潮路を隔てしは如何にか述べむ胸の思ひを
一条 実
画き見し母の肖像手にとれば眸泣き居る吾を見つめて
斉藤 甚吉
吾が血潮妻に宿りて子に伝う草むす屍咲く花ぞ待つ
高橋 国穂
運命の皮肉をかこち戦犯で此島の露と消えてゆくかな
南条 正夫
吾が最後の夜とも知らず陸奥(みちのく)に帰りつつあらむ老母思ふ  
幕田 稔
戦犯の汚名にわれは斃るとも心は清き大和魂
安島 末蔵
身はたとへ雲のみなみに果つるとも千代万代に御国守らむ
五十嵐 孫三郎
お先にと言ひつつ元気に次々と旅立つ部下の姿おろがむ
浅木 留次郎
最夜中にふと目をさまし幼児は父の姿求め泣くらむ
河合 竹男
とことはに我が身は「セ島」に朽ちぬとも世に語りつぐ人もこそあれ
相馬 竹三郎
神代よりゆるぎなかりし日の本も戦に破れ生きて甲斐なし
中村 鶴松
威を藉れる仇の裁きや散る桜
畠山 保徳
子等集ひ父を偲べる姿見ゆ月の鏡のゆかしかりける
阿部 慶一
おや桜むりの嵐に散りぬれど又来る春に子花咲くらむ
鎌田 喜悦
運命の皮肉をかこち戦犯で此島の露と消えてゆくかな
南条 正夫